下弦半月・忍耐と節制と、あるがままに見る。
耐え忍ぶことで、目的を認識し、
目的に調和することができるようになるようです。
認識=物事をはっきりと見分け、判断すること。そういうふうにして物事を知る、心の働き。
調和=全体(または両方)が、具合よくつりあい、整っていること。
外側の目に見える世界ではまだ現れていませんが、
私に必要なものはすべて与えられている。
天使によって見守られています。
今、すべてのことにおいて節制が求められています。
目には見えないエネルギーに守られていると感じたりすることはありますか?
私は物凄く守られている感覚を感じたりしています。
実際、一人でいるようでいても一人ではないです。
節制=欲望におぼれて度を越すことがないように、適度につつしむこと。
正義とカルマ
人生の要素が相殺されているのが見えています。
今、因果の法則が働いているということです。
との事です。
要素=物・事を成り立たせるもとである(それ以上は簡単なものに分析できない)もの。エレメント。
相殺=差引きして帳消しにすること。
自分の行いは自分に返ってきます。
今、人生の状況においてこの法則の証拠を見ています。
真夜中から少しだけ薄明るい空の静かな時間に、
私は自分の人生の状況において
このカルマの法則の証拠を見ているんだ。
そう、これがカルマだ。
この状況を人に説明なんて出来ない。
どんなに辛いなぁ、と感じても
今は耐え忍ぶ。
耐え忍ぶことで、目的をはっきりと見分けられるのだから。
内観
計画が期待通りの結果にならなくても、さらに素晴らしいことが待ち受けているとわかって安心していられるように。
自分がただ手放しさえすれば、
失望や悲しさは過ぎ去ります。
自分のもとめるものは様々な形で現れるし、
だから、目の前に見えることに悲しみや辛さがともなうのであれば、十分に感じてそして手放していい。
そして、本当は、
祝福・共有・活力にあふれている・チーム精神・
共通の目標・友情
集う人達の間に喜びと興奮があふれている。
自分よりも大きな存在の一部であることを受け入れる。
私達は経験を共有する友人であり、家族であり、
仲間。
今、私達は、内なる影と光を抱えながら、ありのままをお互いに受け入れなければならないことを思い出すときです。
ありのままを
お互いに
受け入れなければならないことを
思い出す。
ここで、 11日のブログに書いたヴッパーサナー瞑想のことがよぎりました。
ヴィパッサナー とは、「物事をあるがままに見る」という意味で、自己観察によって自己浄化を行う方法です。
今のこのカルマの状況に気づくために
自分の潜在的意識がこのタイミングで
ヴッパーサナー瞑想のメッセージを運んできていたんだなぁと知りました。
他人の事は変えられません。
物事をあるがままに見て、受け入れて、
私は、自分を変えていこうっと。
変化は怖くないはずだ。
辛くなったり、怖くなったら逃げるのも大切。
でも逃げた後の優しいぬるま湯に浸かりっぱなしに
気をつけて。
本当の姿は喜びと興奮にあふれているのだから。
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